サラ・ミルズ(2006)『ミシェル・フーコー』酒井隆史訳,青土社

ミシェル・フーコー (シリーズ現代思想ガイドブック)

ミシェル・フーコー (シリーズ現代思想ガイドブック)

※しばらく放ってましたが、久しぶりの更新です。また、随時更新していきますんでよろしくお願いします。

要するに、出来事やテキストについてフーコー的な分析を活用するとき、採用することのできる理論的構えはたくさんある。こうした特定の立場のすべてが有益であるわけではないだろうが、このようにしてそれらを切り出すことによって、フーコーの発想を出来事やテキストの分析にあてはめることができるようになる。……本質的なことは、あなたがたがフーコーの読解にフーコーの方法を用いることだ。フーコーの価値について懐疑せよ。フーコーによるしばしば大胆で、しかし、しばしば不当な一般化を受け入れてはならない、そして状況の「真理」をフーコーが語っていると想定してはならない*1


英米圏の思想入門書シリーズを和訳した青土社の「現代思想ガイドブックシリーズ」のうちの一冊。このブログでも書評を書いた『自由論 現在性の系譜学』の著者である酒井隆史が訳をしており、たまにはフーコーの入門書も良いだろうとなんとなく読んでみた(笑)。

本書の第一章は入門書らしくフーコーの生い立ちを記述することから始まり、その後に彼の思考の変遷を「考古学」「1960年代」「系譜学」という3つの指標を用いて説明している。すなわち、言説内部の規則の分析(どの言表が拾い上げられどの言表が捨てられるか、ある言表が他の言表に変換されるのはいかにしてか、どの言表とどの言表は同じとみなされ、どの言表とどの言表は違うとみなされるのか、等)としての「考古学」に探究の重きを置いていたフーコーが、1960年代を通して全世界的に同時多発した既存秩序に対する反権威主義的運動に直面する中で、「考古学」において見出された言説形成体の存在諸条件を貫く権力の諸関係の分析、つまり「系譜学」へと関心を移行させていったというわけである。

続く二章から六章まではフーコー思想のキーワードが検討されている。第二章「権力と制度」では、フーコーが国家の統治機構等の「制度」と結びつきながら抑圧的なものとして作動する「権力」という考え方に対抗しながら国家や制度に還元されることのない諸々の諸関係を貫く積極的で生産的な権力概念を提起し、そのことによって権力に外在する抵抗といった捉え方もまた大きな修正を迫られたことを詳説している。第三章「言説」では、フーコー独特の言説分析に焦点を絞りながら、諸言表の配分や流通を規則としての言説とそれらをめぐる諸概念――エピステーメー、古文書体、言説形成体など――を整理している。第四章「権力/知」では、再び権力というキーワードを取り上げて通常絶対的なものとして捉えられている真理が、フーコー思想においては権力の諸関係に貫かれた知により産出される相対的なものに過ぎないことを説明している。残りの第五、六章では、フーコーがその晩年に強い関心を寄せた「セクシャリティ」や「主体」といった主題に焦点を当てることで、主体を本質的なものとして捉える近代思想的発想を徹底的に拒否しながら、諸言説や知、制度の連関としての権力の戦略に規定されるそのような主体概念の存立条件を問いに伏し続けた彼の姿勢を記述している。

最後に「フーコー以降」の部分では、著者なりのフーコーの活用方法やその著作の問題点を指摘して(「あとがき」で酒井隆史が指摘するように、ここでの著者の提起はポストコロニアルジェンダー関係の言説分析に関することに偏っているように思われる)本書を締めくくっている。

「あとがき」で酒井隆史も述べているが、本書はフーコーの入門書としてはめずらしく彼の思想のキー概念を一つ一つ説明するという形態を取っており、その点ではフーコーを一通りは読んでいる自分としても良い整理になった。特に、他の入門書よりも言説分析の説明に力が入っているため、前期フーコーの「考古学」的分析と権力分析に関わる後期フーコーの「系譜学」的分析とのつながりが良く意識できる本だと思う。

反面、本書は構成の面でやや難がある本かも知れない。たとえば、諸々の言説や知、制度の連関からなる権力の戦略に貫かれる形でセクシャリティ、あるいは主体は構成されるのだといった形で同様の、あるいは密接に結びついた話題を扱っている第五章と第六章を分ける意味は何なのだろうか。まあ、単純に前半で扱えなかった『狂気の歴史』の話を挿入したかったからとか、そういった理由なのかも知れないが、それならそれでもう少し違った構成の仕方があったように思う。また、最後の「フーコー以降」の部分は結局のところ本文の繰り返しになっているだけなので、あまり必要性を感じない。

ただ、先にも述べたように、フーコー思想における諸概念をそれぞれそれなりの丁寧さで解説している本というのはそれほど多くはないと思うので、時系列で整理している入門書で僕が一番分かりやすいと思っている中山元の『フーコー入門』と合わせて読めば、それだけでフーコーの著作に挑戦できるだけの知的体力を得られるのではないかと思う。その意味で、フーコーに興味を持っている人にとっては一読の価値はあるのではなかろうか。

*1:本書206頁。